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matisse
1869-1954

 もしマティスが現在に生きていたら、たぶん最先端のグラフィックデザイナーになっているだろう。60年以上も前に書かれたダンスの絵を、現在のトップクリエーターの作品と並べても少しも古く見えない。我々はその斬新さにはっと心を奪われてしまう。
 赤い室内の絵を初めて見たとき、その独特の雰囲気に強く引かれた。人物が描かれていないのにそこには人の匂いがしたし、窓の外の景色も日差しの暖かさが感じられた。室内の色が赤だというのが異常なのだが、なぜだか不思議と穏やかな感じがする。赤なのに情熱とか激しさとは無縁の部屋だった。
 線が曲がっていたり、筆でしゅるしゅると簡単に描かれた模様をみて、何だか親しみが湧いた。きっとうまく書こうなんて少しも思わない人だと思った。絵が好きなんだな、と思った。
 この女の人の絵も、目や鼻や口をしゅるしゅると簡単に描いている。一番ナーヴァスになる部分なのに、何にも気にしないかのように描いている。墨絵などはもちろん、すっ、すっ、と描いていくのだと思うが、そういった隙の無い線とは違うような気がする。だいぶ隙があるぞ、とにやっとしてしまう。何となく私の好きな漫画「ちびまるこちゃん」を思い出してしまう。
 しかしブラウスの模様は楽しさと美しさを合わせ持っているし、肩からのまるみをおびたラインは何とも言えないやさしさと暖かさがある。組みあわせた手の描写も、正確でないような気がするが、繊細な指のラインが妙にリアルだ。
 
 マティスはこの絵のように黒い筆でラインを描いたものが多いが、だんだんラインが消えてゆき色彩が「ぬり」だけになっていく。もともと模様が好きな人だが、この単純化された形は、はっとするような美しさがある。私もイラストレーターというソフトを使い始めてから、初めてこの「ぬり」だけの美しさを使えるようになった。色彩と色彩が黒い境界線をまたがずに交わったとき、異国の文化に触れたような新鮮な気持ち良さがある。粋という言葉があるが、色彩が造った形はまさしくそれだ。
 
 線で形を書き上げぬりを入れる、そのあとでポン!と線を消すと、入れ物に入っていた中身だけをみたような気がする。線から開放された色彩は、とても楽しげで軽やかである。